9月29日、半田市半六邸の竈の解体調査を、中部産業遺産研究会の有志の方々と一緒に行いました。
先日、実測調査を行った「宇都宮式」と考えていた、竈です。
この竈、その形状と立地から宇都宮三郎が設計した改良竈の特殊形と予想していましたが、
解体作業をしながら観察してみると、なんとも不思議な改変を繰り返していることが判明しました。
というのも、宇都宮が著した「築竈論」の理論にも、通常の通風・排煙の理論にも合わないような
しかも最終段階は急づくりのような適当な仕事もあり、
現場ではいろいろな視点から推論の上に推論を重ねて、この応用問題に取り組みました。
結果、
昭和30年代以降に、相撲部屋の宿所になった際に最後の改変を受けているのではないか、
それ以前にも3度以上の変化の様子が見られることから、
現状の竈には宇都宮式の竈の系譜は反映されていないことが判明しました。
しかしながら、この形状で一つの煙突を用いる特殊な竈は興味深く、
再築され再び火が入る日を楽しみにしています。
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